人生を制限させないADHD・うつ病

ADHD・うつ病に捉われずどうすれば人生を制限させずに生きるか情報を提供するブログです。

吉田彩とは何者か【前編】

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9割9分の方が興味がないと思いますが、
やまもとりゅうけんさんが「プロフィールを充実しろ」と仰っていたので私の経歴をご紹介します。

吉田彩 女性
好き:じゃがいも、いか、納豆、アイドル、チャイコフスキー、ヨハン・シュトラウス、ラフマニノフ
嫌い: twitter、変化のない人、何かの批評だけする人
趣味:ブログ、(営業手段としての)twitter

幼稚園

劇団に入る(9歳まで)
ダウンタウンのガキ使で共演出来て幸せだった。さんまさんの「あっぱれさんま大先生」のオーディションで全力を出せなかったのを今でも後悔してます。
エレクトーンを習う(12歳まで)

小学校~中学校

私は小学校2年から高校3年に至るまで殴られる、物を壊されるまたは盗まれる、陰口を言われる、「あんな風に生まれたら自分は死を選ぶ」と言われました。
いじめの存在を無にしたい学校は何を言っても親が言っても相談を受け付けてくれず、中・高校誰も相談する人がいませんでした。
でも中学校3年間コントラバスを習っていました。

【プラスに変わった瞬間】「オーケストラ」と「オーストラリア留学」

 自分の高校のコースは「全員留学に行かなくてはいけない」英語特化型コースでした。
私は中学の時英語の授業だけ好きで、単語を覚えるのも全く苦ではなかったので、高校から留学に行けるなんてラッキーだなと思ったという軽いノリでオーストラリアに3ヶ月行きました。最初は全く英語を話す事が出来なかったのですが、必死で毎日新聞の記事を切り取って感想を書いてみたり、誰とでも話したり、非常に真面目だったけど全く苦ではなかったのは覚えている。オーストラリアは何も不満がなかったです。
 現地で取得したIELTS(アイエルツ)というテストのスコアも良かったので良い経験だと思っていますが、
結局日本に帰国したら私を悪く言う人間とそれを感知しない振りをしている先生、という状況は何も変わっていなかったので残り2年の高校生活はやはり暗黒で、
お昼はトイレで食べても先生がやって来るので朝昼何も食べていなかったら凄く痩せました。
オーケストラに所属していた為クラスメイト以外の先輩や後輩と仲良くすることが出来たので何とか生き残りました。
音響環境が非常に良いホールで練習出来たので光悦とさせる生のオーケストラの音楽を毎日聴けるのが幸せでそれで何とか高校3年をやり過ごした感がします。

初めて自分の力で人生を拓けた入学試験

高校卒業後は偏差値の高い大学に入るしか人に認められる手段がないと思っていました。
でも、全然成績が足りていなくてどうしようかと思っていた時」高校の3年生の時にNPO法人でエチオピアに植林に行っている方の講演を聞き、「自分に関係がない第3者の為に力を注げるのって凄いなー」と心から感心し
お昼も食べずに熱心に話を聞きました。
、自分が面白そうだと思う分野がある大学を探したところ、留学制度が充実している大学を見つけました。
指定校推薦で合格したのですが、直後大阪に赴任していた私の父親は部屋に閉じ篭り、うつ病に罹り、会社を辞めました。

大学行けないじゃん!

  うつ病の家族はまあ大変です。大変の詳細は本に書いているので読んでみて下さい。私がさっさと家を出れば良かったんですけどね。でも今は家族仲良くやってます。
結局自分自身がうつ病になり、うつ病と父に対する理解度が深まりました。
特別奨学生試験を受験し、1番の成績で合格し、4年間学費免除が決まりました。
私は、自分で人生を拓けたんだ。死ぬ必要はない。

続く