読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生を制限させないADHD・うつ病

ADHD・うつ病に関するブログです。【たまにフィリピン留学の事も書きます】

フィリピン人出稼ぎ労働者に関する既往研究

第 2 章 フィリピン人出稼ぎ労働者に関する既往研究

この章ではフィリピン人出稼ぎ労働者に関する主な研究を紹介し、出稼ぎ労働の要因と実際出稼ぎに行くまでの一連の流れを説明する。 フィリピン人出稼ぎ労働者の研究で既に明らかにされている事は大きく (1)出移民のメカニズム、(2)国内経済への影響、 (3)労働力輸出政策、(4)フィリピン人海外労働者の渡航 中の実態調査(例:香港の共働き家計のフィリピン人メイドの実態調査)、 (5)出稼ぎ労働者の 社会ネットワークに分けられる。しかしながら、フィリピン人出稼ぎ労働者が渡航前に自 身が渡航先でトラブルに巻き込まれない為に事前にどのような対策をしているのか、また どのような行動が安全な出稼ぎ労働に対して効果的なのかという事についての研究は殆ど 見られない。

 2-1 既往研究のまとめ

先ずフィリピン人海外労働者の歴史について説明していく。

2.1 フィリピン人海外労働者の歴史 

そもそも、フィリピン人は何故海外で働くようになったのであろうか。 オイルショックの影響で、オイルブームに沸く中東での建設労働者を集めたのが出稼ぎ労働のきっかけである。1974 年に海外雇用政策が本格的に開始され、80 年代後半には.海 外労働者の内で女性化が起こり、多数の女性ヘルパーやメイドが世界中に送られた。 しかしながら、 1991年5月フィリピン人家事労働者とその雇い主の子供が殺された事件を きっかけに、家事労働者の保護問題がフィリピン国内で問題視され始めた。結果、フィリ ピン国内が、男性労働者の人権侵害よりも女性労働者の被害に対してより敏感になり、フ ィリピン女性はヒロインとして描かれるようになる(小井土,2008,p.390)。

その後、「95 年法」(移住労働者と海外フィリピン人に関する 95 年法)が発布されたが、 国内法にすぎなかったため実効性を確保することができなかった。もう一つのフィリピン の海外就労の特徴の一つは「政府にバーゲニングパワーが無いので海外就労者の保護政策 を立てようとしても、各国の政府とうまく交渉が出来ない」という事がある。結果、フィ リピン人海外就労者が渡航先で何かしらのトラブルに巻き込まれても、救済措置が取れな いのが現状である。

そのような背景があるにも拘らず、2001 年以降、海外雇用者は増加傾向となり、アロヨ元大統領から「失業の増加や引き続く経済の低迷から海外労働者を吸収する国内労働市場 がいまだ不備なため、経済が回復するまで海外労働者は引き続き海外にとどまるように」 (Philippine Daily Inquirer, 2001)2とコメントする程、政府が経済立て直しの為の手段と して、「海外就労」に期待をするようになったのである。

2.2 労働力移動の要因 

フィリピン人は何故海外で働きたいと考えているのだろうか。本当に海外で働くことが彼らの収入向上に繋がるのであろうか。フィリピン人にとって海外で働くインセンティブ を大きく分けると3つのものがあることが指摘されている。第一のインセンティブとして、 国内で働くより高い収入が得られることが挙げられる(Semyonov, M.& Gorodzeisky, A.2008,p.637)。

フィリピン政府は、2007 年の年間目標として 160 万件の雇用創出を挙げていたが、新規 の雇用創出数は 2005 年の 70 万件から、59 万 9,000 件と減少した。その一方で、2007 年 の海外派遣は、1 日平均 2,952 件で、5 年前に比べ 17%増、10 年前に比べ 30%増となって いる。正式に仕事に就いた海外フィリピン人労働者(OFW)は 107 万 7,623 人で、5 年前 の 21%増、10 年前の 44%増であった。2008 年には年間目標 100 万件に対して、年前半で 既に 64%に達した(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2005)

第二のインセンティブとしては、二村(2004,p.109)がフィリピンでは教育が普及している ため、教育過程修了後の資格授与者が多いことを指摘している。看護師、技術者等の専門 知識または資格を持っていれば国内のみならず、国外でもより良い職に就くことが出来る と考えるからである。

第三のインセンティブとしてはフィリピン人が英語を話せることを活かして自分の能力を世界で活かせることが出来る事である。

2.3 海外就労に伴うメリットとデメリット

 次に、海外就労に伴うフィリピン政府に対するメリットとデメリットについて説明する。 メリットには大きく分けて3つのものがある。第一に、フィリピン国内に還流した外貨が国際収支に貢献する。外貨が入るので世界的な不況に強い(二村,2004,p.105)。第二に、フ ィリピン国内で常に高い失業率を示している労働市場においてミスマッチを減少させる。 第三に、海外からの送金が国内の貯蓄率を上げ、フィリピン国内の貧しい家族の生活の質 を上げることに寄与する。

一点目のメリットについて、海外送金の規模を示したのが表 2-3 である。1997 年は 57 億 4,200 万ドルであった。98 年は大幅に伸びて 73 億 6,800 万ドル(28%増)、その後 1999 年から 2001 年にかけては減少傾向が続き 2001 年には 60 億 3,100 万ドルとなった。しか しながら、その後回復し 2003 年には 76 億 4,000 万ドルとなり過去最高を記録した。この 額は同年の GDP(国内総生産)の約 1 割に相当する。

一方、デメリットには大きく分けて3つのものが挙げられる。第一のデメリットは、頭脳 流出の問題である。例えば専門性の高い医師または看護師が海外で雇用を求める結果、フ ィリピン国内の医療水準が低下するという現象を引き起こしている。第二のデメリットは、 専門的な知識を有する技術者等が海外で就労してしまうため、彼等の能力・知識を国の発 展に活かせない点である(二村, 2004,p.109)。

人材の流出に対して、フィリピン国内では幾つかの対策が講じられている。 Alcid (1994,pp.169-177)は熟練労働者の流出によって国内企業はどのような調整を迫られてい るかということを調査している。それによれば、看護婦や航空機保全工の流出に対しては, いつでも補充できるように人材プールが形成されている。有能な人材を国外に流出しない ために企業自ら従業員の海外派遣を計画している。

第三ののデメリットとして、派遣される国・地域により労働慣行、社会慣行が違う状況の下での就労は、時として労働者が過酷な労働を行わなくてはいけなくなってしまう点が 挙げられる。さらに派遣された国での人権(保護)の問題、事故等に伴う補償の問題、さ らには長期間にわたる海外就労によりフィリピンに残された家族の離散・家庭の崩壊とい った社会問題を引き起こしている点でが指摘される(二村, 2004,p.110)。

その中で、正式書類を持たない労働者(非正規労働者)は大きな問題となっている。海 外居住フィリピン人委員会(Commission on Filipinos Overseas:CFO)は、非正規OFWは2002年に160万7,170人だったが、2007年には44%減ったと報告している。しかし、2007 年にはアラブ首長国連邦だけでなくカタールやオマーンといった国で1万5,000人増え、シ ンガポールでは1万8,000人増えている。正式書類のないOFWはほとんどが女性及び非熟練 の家事労働者であり、弱い立場にある(海外職業訓練協会,2009,p.21)。

例えばあるフィリピンの企業では派遣期間中には国内における基本給の 200%のボーナス が支給されるほか、各種の手当ても継続される。

2.4 労働力移動の規模

1996年、フィリピン人出稼ぎ労働者は世界で193の国と地域におり、アジア、特に中近東 が45.3%と顕著である。東、及び東南アジアが20.8%、欧州が14.1%と続いている。国別で は、サウジアラビアがフィリピン労働者の最大の目的国となっている(二村,2004,p.117)。

2007~2008年の間にOFW(フィリピン人海外労働者)の5人に1人がサウジアラビアで働 き、7人に1人がアラブ首長国連邦で働いていた。シンガポール、香港、日本、カタール及 び台湾もOFWの人気のある渡航先である(表2‐4)。

2.5 フィリピン人海外労働者の属性 

フィリピン人で、海外に働きに行く人はどのような属性を持つ人が多いのだろうか。 青木(2008,p.51)によると、フィリピン人海外労働者(以下 OFW)の年齢は 20~40 歳代に分布し、男性(552 人)の年齢は 35.1 歳、女性(502 人)の年齢は 30.4 歳であった。 男性・女性とも 10 代後半から 20 代前半の OFW がいるが、全体的に 30 代が多い。

次に、OFW の学歴構成を見ると、OFW は、国内雇用者より明らかに高学歴の傾向にあ る(青木,2008,p.49)。2000 年には「学歴なし」が 0.5%、初等教育修了者(小学校卒業程 度)が 12.8%、中等教育修了者(高校卒業程度)が 45.5%、高等教育修了者(専門学校・ 大学卒業、大学院終了程度)が 41.2%であった。これに対して、年度は異なるが(2002 年)、 国内雇用者(15 歳以上)の学歴構成は、「学歴なし」2.5%、初等教育修了者 36.0%、中等 教育修了者 36.7%、高等教育修了者 24.9%であった。

また、OFW の仕事が、フォーマル職種またはインフォーマル職種の上層に集中している ことが指摘される(青木,2008, p.49)。OFW の仕事(海外に出る前の仕事、直前職)をみる と、農漁業者がごく少数に留まる(0.1%以下)。これは、OFW の出身者が農漁村部より都市部に多い。次に、専門技術、貿易販売、サービス販売職等のホワイトカラーの割合が大きい。また、工場技師の割合も大きい。逆に、一般・未熟練労働者の割合が小さい。

しかし彼等はホワイトカラーの職業に就いても生計が困窮したのである。結果、より大 きな報酬を求めて海外に出る事を選択した(青木,2008,p.50)。

2.6 出稼ぎ労働は貧困削減に繋がるのか 

フィリピン人の労働移動と貧困と相関関係があるのだろうか。海外派遣労働者の属性である性別、出身地とかれらが従事する職種を考慮することから検討していく。 表2-7はOFWの出身地域別および職業別のデータである。OFWを最も輩出しているのは、

地域Ⅰ(イロコス)で6万1,000人(うち、女性は5万5,000人)、2番目は地域Ⅳ(南部タガ ログ)の4万4,000人(同、3万5,000人)、3番目は地域Ⅲ(中部ルソン)の4万3,000人(同、 3万2,000人)、4番目はマニラ首都圏の3万7,000人(同、2万4,000人)、5番目は地域Ⅱ(カ ガヤン・バレー)の3万3,000人(同、3万人)、地域Ⅵ(西部ビサヤ)の3万3,000人(同、 2万8,000人)、7番目は地域南部ミンダナオの2万3,000人(同2万3000人)、8番目はコル ディレーリャの1万5,000人(同、1万4,000人)、9番目は地域Ⅴの1万3,000人(同、1万 1,000人)、10番目はムスリム・ミンダナオの2万1,000人(同、1万人)となっている。(二 村,2004, p.118)。

しかしながら、OFW の派遣前・派遣後の所得統計が入手できない為、海外就労によって 貧困から脱却できたかどうか判断することは難しい(二村,2004,p.123)。

2.7 フィリピン労働者の送り出しのプロセス 

フィリピン人はどのようにして海外で働く機会を得るのだろうか。フィリピンにおける労働者送り出しの過程を実態調査した研究は少なくない(佐藤,2002,p.3)。

Constable (1997)は、香港で働くフィリピン人メイドの生活実態を調査している。フィ リピン人メイドを従順な労働者に仕立て上げてしまう制度的な枠組みのなかで、彼ら自身 が決して無力で受け身の主体ではないということを描写している。しかしながら、渡航先 における労働生活の実態に関しての研究はあまりなされていない(佐藤, 2002,p.8)。

De Jong et al.,(1983)は、ルソン島北西部の伝統的な移民多出村落における面接調査か ら、移住者個人の意思決定を理論化しようとした。移民多出村落にありながらそこに残る 者がいる一方で、村を出るにしてもマニラの首都圏へ移住する者もいればハワイへと移住 する者もいる。

De Jong et al.,(1983)は、移住者個人の意思決定を理論化するにあたり、移民の「価値・ 期待モデル」(Value-Expectancy Model)なるアプローチを用いている。被面接者は,28 の項目それぞれについて,「きわめて大切」(3 点)、「かなり大切」(2 点)、「どうでもよい」 (1 点)と点数化し累積することによって、各個人の「価値付けの点数」(value score)を計 算する。そして村落に残る、マニラへ移動する、ハワイへ渡航するという 3 つの選択によ って各項目はどれほど達成されると考えるかと問うている。後者の「期待度の点数」 (expectation score)と前者の「価値付けの点数」とを掛け合わせることによって「価値期 待度数」(value-expectation score)を計算している。各個人の属性と「価値期待度数」を 説明変数とし、各個人の移住意志(村に残る、マニラに移住,ハワイに移住)を従属変数 とする回帰分析を実行した。結果、ハワイへの渡航意志を持つ者はハワイにおいて自分が 大切と思う事が実現されると考えており、マニラではその大切と思う事が出来ないと判断 している人々であることが統計的に明らかにされた(De Jong et al.,1983,p.483)。

Bruce Li(1991)はマニラの南に位置する移民多出村落を調査し、それにもとづいて海 外雇用の渡航チャンネルについて研究し、渡航者が利用しているネットワークを詳細に分 析している。血縁関係を中心として,友人、知人、さらには雇主から構成されるネットワ ークはその構成メンバーを優遇し、部外者を排除する。各個人は、それぞれが帰属する社 会的ネットワークを利用して斡旋業者の選択と有力な後ろ盾(auspices)を獲得する。社会 的ネットワークは「渡航ネットワーク」(migrant network)となる。

Bruce Li(1995)によると、フィリピン人海外労働者は遠く離れた場所に住居を構え、 仕事を得る為の術を雇い主と交渉する。そしてそれが上手くいけば噂がネットワークを通 して広まり、各個人の戦略及び社会関係を強化し、次第に制度化される。その制度を BruceLi(1995)は『渡航ネットワーク』と呼んでおり、渡航者と海外の雇い主とを結びつける 制度と定義している(Bruce Li,1995,p.345)。

2.8 弱い紐帯の強み 

最後にフィリピン人海外労働者の文献ではないが、「個人が発展していく(求職等)には弱い繋がりの方が家族や友人関係よりはるかに重要となる」という「弱い紐帯の強み」(The Strength of Weak Ties) 説を紹介していく(Granovetter M,1973)。何故なら本研究は「人 とのつながり」と「出稼ぎ労働」の関係を分析しているからである。

この「弱い紐帯の強み」(The Strength of Weak Ties) 説は、ハーバード大学の博士課 程在籍中に行われた調査に基づく。282 人のホワイトカラー労働者を無作為に抽出し、現在 の職を得た方法を調べたところ、よく知っている人よりどちらかといえば繋がりの薄い人 から聞いた情報を元に就職活動をしていたことが判ったのである(Granovetter M,1973)。

ここからよく知っている人同士は同じ情報を共有することが多く、そこから新しい情報が得られる可能性は少ないが、あまりよく知らない人は自分の知らない新しい情報をもた らしてくれる可能性が高いからだと考えられたのである(Granovetter M,1973)。

次章では、どのようなネットワークをフィリピン人海外労働者が持てばトラブルの無い出稼ぎ労働と関係があるのかを説明していく。

第 2 章 フィリピン人出稼ぎ労働者に関する既往研究

この章ではフィリピン人出稼ぎ労働者に関する主な研究を紹介し、出稼ぎ労働の要因と実際出稼ぎに行くまでの一連の流れを説明する。 フィリピン人出稼ぎ労働者の研究で既に明らかにされている事は大きく (1)出移民のメカニズム、(2)国内経済への影響、 (3)労働力輸出政策、(4)フィリピン人海外労働者の渡航 中の実態調査(例:香港の共働き家計のフィリピン人メイドの実態調査)、 (5)出稼ぎ労働者の 社会ネットワークに分けられる。しかしながら、フィリピン人出稼ぎ労働者が渡航前に自 身が渡航先でトラブルに巻き込まれない為に事前にどのような対策をしているのか、また どのような行動が安全な出稼ぎ労働に対して効果的なのかという事についての研究は殆ど 見られない。

 2-1 既往研究のまとめ

先ずフィリピン人海外労働者の歴史について説明していく。

2.1 フィリピン人海外労働者の歴史 

そもそも、フィリピン人は何故海外で働くようになったのであろうか。 オイルショックの影響で、オイルブームに沸く中東での建設労働者を集めたのが出稼ぎ労働のきっかけである。1974 年に海外雇用政策が本格的に開始され、80 年代後半には.海 外労働者の内で女性化が起こり、多数の女性ヘルパーやメイドが世界中に送られた。 しかしながら、 1991年5月フィリピン人家事労働者とその雇い主の子供が殺された事件を きっかけに、家事労働者の保護問題がフィリピン国内で問題視され始めた。結果、フィリ ピン国内が、男性労働者の人権侵害よりも女性労働者の被害に対してより敏感になり、フ ィリピン女性はヒロインとして描かれるようになる(小井土,2008,p.390)。

その後、「95 年法」(移住労働者と海外フィリピン人に関する 95 年法)が発布されたが、 国内法にすぎなかったため実効性を確保することができなかった。もう一つのフィリピン の海外就労の特徴の一つは「政府にバーゲニングパワーが無いので海外就労者の保護政策 を立てようとしても、各国の政府とうまく交渉が出来ない」という事がある。結果、フィ リピン人海外就労者が渡航先で何かしらのトラブルに巻き込まれても、救済措置が取れな いのが現状である。

そのような背景があるにも拘らず、2001 年以降、海外雇用者は増加傾向となり、アロヨ元大統領から「失業の増加や引き続く経済の低迷から海外労働者を吸収する国内労働市場 がいまだ不備なため、経済が回復するまで海外労働者は引き続き海外にとどまるように」 (Philippine Daily Inquirer, 2001)2とコメントする程、政府が経済立て直しの為の手段と して、「海外就労」に期待をするようになったのである。

2.2 労働力移動の要因 

フィリピン人は何故海外で働きたいと考えているのだろうか。本当に海外で働くことが彼らの収入向上に繋がるのであろうか。フィリピン人にとって海外で働くインセンティブ を大きく分けると3つのものがあることが指摘されている。第一のインセンティブとして、 国内で働くより高い収入が得られることが挙げられる(Semyonov, M.& Gorodzeisky, A.2008,p.637)。

フィリピン政府は、2007 年の年間目標として 160 万件の雇用創出を挙げていたが、新規 の雇用創出数は 2005 年の 70 万件から、59 万 9,000 件と減少した。その一方で、2007 年 の海外派遣は、1 日平均 2,952 件で、5 年前に比べ 17%増、10 年前に比べ 30%増となって いる。正式に仕事に就いた海外フィリピン人労働者(OFW)は 107 万 7,623 人で、5 年前 の 21%増、10 年前の 44%増であった。2008 年には年間目標 100 万件に対して、年前半で 既に 64%に達した(独立行政法人労働政策研究・研修機構,2005)

第二のインセンティブとしては、二村(2004,p.109)がフィリピンでは教育が普及している ため、教育過程修了後の資格授与者が多いことを指摘している。看護師、技術者等の専門 知識または資格を持っていれば国内のみならず、国外でもより良い職に就くことが出来る と考えるからである。

第三のインセンティブとしてはフィリピン人が英語を話せることを活かして自分の能力を世界で活かせることが出来る事である。

2.3 海外就労に伴うメリットとデメリット

 次に、海外就労に伴うフィリピン政府に対するメリットとデメリットについて説明する。 メリットには大きく分けて3つのものがある。第一に、フィリピン国内に還流した外貨が国際収支に貢献する。外貨が入るので世界的な不況に強い(二村,2004,p.105)。第二に、フ ィリピン国内で常に高い失業率を示している労働市場においてミスマッチを減少させる。 第三に、海外からの送金が国内の貯蓄率を上げ、フィリピン国内の貧しい家族の生活の質 を上げることに寄与する。

一点目のメリットについて、海外送金の規模を示したのが表 2-3 である。1997 年は 57 億 4,200 万ドルであった。98 年は大幅に伸びて 73 億 6,800 万ドル(28%増)、その後 1999 年から 2001 年にかけては減少傾向が続き 2001 年には 60 億 3,100 万ドルとなった。しか しながら、その後回復し 2003 年には 76 億 4,000 万ドルとなり過去最高を記録した。この 額は同年の GDP(国内総生産)の約 1 割に相当する。

一方、デメリットには大きく分けて3つのものが挙げられる。第一のデメリットは、頭脳 流出の問題である。例えば専門性の高い医師または看護師が海外で雇用を求める結果、フ ィリピン国内の医療水準が低下するという現象を引き起こしている。第二のデメリットは、 専門的な知識を有する技術者等が海外で就労してしまうため、彼等の能力・知識を国の発 展に活かせない点である(二村, 2004,p.109)。

人材の流出に対して、フィリピン国内では幾つかの対策が講じられている。 Alcid (1994,pp.169-177)は熟練労働者の流出によって国内企業はどのような調整を迫られてい るかということを調査している。それによれば、看護婦や航空機保全工の流出に対しては, いつでも補充できるように人材プールが形成されている。有能な人材を国外に流出しない ために企業自ら従業員の海外派遣を計画している。

第三ののデメリットとして、派遣される国・地域により労働慣行、社会慣行が違う状況の下での就労は、時として労働者が過酷な労働を行わなくてはいけなくなってしまう点が 挙げられる。さらに派遣された国での人権(保護)の問題、事故等に伴う補償の問題、さ らには長期間にわたる海外就労によりフィリピンに残された家族の離散・家庭の崩壊とい った社会問題を引き起こしている点でが指摘される(二村, 2004,p.110)。

その中で、正式書類を持たない労働者(非正規労働者)は大きな問題となっている。海 外居住フィリピン人委員会(Commission on Filipinos Overseas:CFO)は、非正規OFWは2002年に160万7,170人だったが、2007年には44%減ったと報告している。しかし、2007 年にはアラブ首長国連邦だけでなくカタールやオマーンといった国で1万5,000人増え、シ ンガポールでは1万8,000人増えている。正式書類のないOFWはほとんどが女性及び非熟練 の家事労働者であり、弱い立場にある(海外職業訓練協会,2009,p.21)。

例えばあるフィリピンの企業では派遣期間中には国内における基本給の 200%のボーナス が支給されるほか、各種の手当ても継続される。

2.4 労働力移動の規模

1996年、フィリピン人出稼ぎ労働者は世界で193の国と地域におり、アジア、特に中近東 が45.3%と顕著である。東、及び東南アジアが20.8%、欧州が14.1%と続いている。国別で は、サウジアラビアがフィリピン労働者の最大の目的国となっている(二村,2004,p.117)。

2007~2008年の間にOFW(フィリピン人海外労働者)の5人に1人がサウジアラビアで働 き、7人に1人がアラブ首長国連邦で働いていた。シンガポール、香港、日本、カタール及 び台湾もOFWの人気のある渡航先である(表2‐4)。

2.5 フィリピン人海外労働者の属性 

フィリピン人で、海外に働きに行く人はどのような属性を持つ人が多いのだろうか。 青木(2008,p.51)によると、フィリピン人海外労働者(以下 OFW)の年齢は 20~40 歳代に分布し、男性(552 人)の年齢は 35.1 歳、女性(502 人)の年齢は 30.4 歳であった。 男性・女性とも 10 代後半から 20 代前半の OFW がいるが、全体的に 30 代が多い。

次に、OFW の学歴構成を見ると、OFW は、国内雇用者より明らかに高学歴の傾向にあ る(青木,2008,p.49)。2000 年には「学歴なし」が 0.5%、初等教育修了者(小学校卒業程 度)が 12.8%、中等教育修了者(高校卒業程度)が 45.5%、高等教育修了者(専門学校・ 大学卒業、大学院終了程度)が 41.2%であった。これに対して、年度は異なるが(2002 年)、 国内雇用者(15 歳以上)の学歴構成は、「学歴なし」2.5%、初等教育修了者 36.0%、中等 教育修了者 36.7%、高等教育修了者 24.9%であった。

また、OFW の仕事が、フォーマル職種またはインフォーマル職種の上層に集中している ことが指摘される(青木,2008, p.49)。OFW の仕事(海外に出る前の仕事、直前職)をみる と、農漁業者がごく少数に留まる(0.1%以下)。これは、OFW の出身者が農漁村部より都市部に多い。次に、専門技術、貿易販売、サービス販売職等のホワイトカラーの割合が大きい。また、工場技師の割合も大きい。逆に、一般・未熟練労働者の割合が小さい。

しかし彼等はホワイトカラーの職業に就いても生計が困窮したのである。結果、より大 きな報酬を求めて海外に出る事を選択した(青木,2008,p.50)。

2.6 出稼ぎ労働は貧困削減に繋がるのか 

フィリピン人の労働移動と貧困と相関関係があるのだろうか。海外派遣労働者の属性である性別、出身地とかれらが従事する職種を考慮することから検討していく。 表2-7はOFWの出身地域別および職業別のデータである。OFWを最も輩出しているのは、

地域Ⅰ(イロコス)で6万1,000人(うち、女性は5万5,000人)、2番目は地域Ⅳ(南部タガ ログ)の4万4,000人(同、3万5,000人)、3番目は地域Ⅲ(中部ルソン)の4万3,000人(同、 3万2,000人)、4番目はマニラ首都圏の3万7,000人(同、2万4,000人)、5番目は地域Ⅱ(カ ガヤン・バレー)の3万3,000人(同、3万人)、地域Ⅵ(西部ビサヤ)の3万3,000人(同、 2万8,000人)、7番目は地域南部ミンダナオの2万3,000人(同2万3000人)、8番目はコル ディレーリャの1万5,000人(同、1万4,000人)、9番目は地域Ⅴの1万3,000人(同、1万 1,000人)、10番目はムスリム・ミンダナオの2万1,000人(同、1万人)となっている。(二 村,2004, p.118)。

しかしながら、OFW の派遣前・派遣後の所得統計が入手できない為、海外就労によって 貧困から脱却できたかどうか判断することは難しい(二村,2004,p.123)。

2.7 フィリピン労働者の送り出しのプロセス 

フィリピン人はどのようにして海外で働く機会を得るのだろうか。フィリピンにおける労働者送り出しの過程を実態調査した研究は少なくない(佐藤,2002,p.3)。

Constable (1997)は、香港で働くフィリピン人メイドの生活実態を調査している。フィ リピン人メイドを従順な労働者に仕立て上げてしまう制度的な枠組みのなかで、彼ら自身 が決して無力で受け身の主体ではないということを描写している。しかしながら、渡航先 における労働生活の実態に関しての研究はあまりなされていない(佐藤, 2002,p.8)。

De Jong et al.,(1983)は、ルソン島北西部の伝統的な移民多出村落における面接調査か ら、移住者個人の意思決定を理論化しようとした。移民多出村落にありながらそこに残る 者がいる一方で、村を出るにしてもマニラの首都圏へ移住する者もいればハワイへと移住 する者もいる。

De Jong et al.,(1983)は、移住者個人の意思決定を理論化するにあたり、移民の「価値・ 期待モデル」(Value-Expectancy Model)なるアプローチを用いている。被面接者は,28 の項目それぞれについて,「きわめて大切」(3 点)、「かなり大切」(2 点)、「どうでもよい」 (1 点)と点数化し累積することによって、各個人の「価値付けの点数」(value score)を計 算する。そして村落に残る、マニラへ移動する、ハワイへ渡航するという 3 つの選択によ って各項目はどれほど達成されると考えるかと問うている。後者の「期待度の点数」 (expectation score)と前者の「価値付けの点数」とを掛け合わせることによって「価値期 待度数」(value-expectation score)を計算している。各個人の属性と「価値期待度数」を 説明変数とし、各個人の移住意志(村に残る、マニラに移住,ハワイに移住)を従属変数 とする回帰分析を実行した。結果、ハワイへの渡航意志を持つ者はハワイにおいて自分が 大切と思う事が実現されると考えており、マニラではその大切と思う事が出来ないと判断 している人々であることが統計的に明らかにされた(De Jong et al.,1983,p.483)。

Bruce Li(1991)はマニラの南に位置する移民多出村落を調査し、それにもとづいて海 外雇用の渡航チャンネルについて研究し、渡航者が利用しているネットワークを詳細に分 析している。血縁関係を中心として,友人、知人、さらには雇主から構成されるネットワ ークはその構成メンバーを優遇し、部外者を排除する。各個人は、それぞれが帰属する社 会的ネットワークを利用して斡旋業者の選択と有力な後ろ盾(auspices)を獲得する。社会 的ネットワークは「渡航ネットワーク」(migrant network)となる。

Bruce Li(1995)によると、フィリピン人海外労働者は遠く離れた場所に住居を構え、 仕事を得る為の術を雇い主と交渉する。そしてそれが上手くいけば噂がネットワークを通 して広まり、各個人の戦略及び社会関係を強化し、次第に制度化される。その制度を BruceLi(1995)は『渡航ネットワーク』と呼んでおり、渡航者と海外の雇い主とを結びつける 制度と定義している(Bruce Li,1995,p.345)。

2.8 弱い紐帯の強み 

最後にフィリピン人海外労働者の文献ではないが、「個人が発展していく(求職等)には弱い繋がりの方が家族や友人関係よりはるかに重要となる」という「弱い紐帯の強み」(The Strength of Weak Ties) 説を紹介していく(Granovetter M,1973)。何故なら本研究は「人 とのつながり」と「出稼ぎ労働」の関係を分析しているからである。

この「弱い紐帯の強み」(The Strength of Weak Ties) 説は、ハーバード大学の博士課 程在籍中に行われた調査に基づく。282 人のホワイトカラー労働者を無作為に抽出し、現在 の職を得た方法を調べたところ、よく知っている人よりどちらかといえば繋がりの薄い人 から聞いた情報を元に就職活動をしていたことが判ったのである(Granovetter M,1973)。

ここからよく知っている人同士は同じ情報を共有することが多く、そこから新しい情報が得られる可能性は少ないが、あまりよく知らない人は自分の知らない新しい情報をもた らしてくれる可能性が高いからだと考えられたのである(Granovetter M,1973)。

次章では、どのようなネットワークをフィリピン人海外労働者が持てばトラブルの無い出稼ぎ労働と関係があるのかを説明していく。